イタリア戦闘者ファッシ [イタリア・政治学・ファシスト党]

1919年3月23日、ムッソリーニはミラノで、復員軍人を主体にして、革命阻止と国粋主義の立場で「イタリア戦闘者ファッシ」を組織した。

創立大会の出席者は145人といわれ、復員将校のほか、地主や資本家の子息である右翼学生が多く、上述のように「未来派」の影響を受けた青年も多かった。

創立大会宣言では、イタリアの領土の拡大を主張している。

1919年から1920年にかけて、北部イタリアの諸都市では労働者のストライキが頻発し、農村では農民が地主の土地を占拠して地代の支払いを拒否するなどの小作争議も起こって社会不安が醸成されていた。

戦闘者ファッシは、当初は、王政の廃止、戦時利得の85パーセント没収、労働者の経営権への参加、最低賃金制、大土地所有者の土地の農民への分与などサンディカリスム的な綱領を掲げていた。

そうしたなかで、1919年11月の総選挙ではイタリア社会党が全体の3割にあたる180万票を獲得して154議席を確保したのに対し、戦闘者ファッシの獲得票は5000票たらずであり、1人の当選者も出なかった。
update:2010年03月06日